天然醸造の醤油造りの道貫く! 自然の力を生かした和食文化と環境保存を目指して

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深谷允(ふかや・まこと)/木桶仕込み天然醸造の醤油職人

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静岡県掛川市出身。寛政7年(1795年)に創業した有限会社栄醤油醸造の8代目。名古屋大学で微生物やDNA、遺伝子組み換えの研究をした後、いったんは銀行に就職。経営について学んだ上、実家に戻り醤油の醸造に携わる。

▼有限会社 栄醤油醸造
http://www12.plala.or.jp/sakae-s/index.html


希少な木桶仕込みの醤油、子どものころから身近な存在だった

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私は、寛政7年の創業以来、約220年続く醤油屋の長男として産まれました。醤油の香りが漂うなかで育ち、物心つくころには跡を継ぐものだとおのずと思っていました。

私にとって醤油は常に身近な存在で、小学生のころの夏休みの自由研究は、毎年必ずといっていいくらい醤油造りがテーマなほど。そのため、醤油造りに関しての知識は、手ほどきを受けるより先に自然と身についていたように思います。

醤油屋と聞くと立派な工場を想像される方が多いようですが、我が家にあるのは古いお蔵。経営もほぼ家族のみの小さな醤油屋です。確かに、現在流通している醤油は工場の大きなタンクで厳密なコンピューター管理のもとに作られていることが多いのですが、私たちは木桶を使った手作業による醤油造りをこつこつと続けています。

木桶仕込みの醤油は日本国内でも希少です。この伝統を守り、受け継いでいくことが自分の役目であると考えています。

 

“丸大豆”と“脱脂加工大豆”の違いは? 近代化で醤油業界も変化

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戦後、時代は高度経済成長期へと差しかかり、モノが無い時代からモノがあふれる時代へと世相が変わり始めました。醤油業界も例に漏れず、大規模化・近代化が進み、化学成分を利用して旨味を加えたり、酵素を添加することで発酵の時間を短縮したりする技術が発達したため、たくさんの醤油が出回るようになりました。

一口に醤油造りの近代化と言っても、なかなかピンとこないかもしれません。例えば、醤油の原料である“大豆”。私たちは国産の丸大豆を使用していますが、スーパーに並んでいる醤油のラベルをみると、「脱脂加工大豆」と書かれているものがほとんどです。

脱脂加工大豆とは、大豆から油分をとったもの。醤油造りに使用しない部分をあらかじめ除いてあるのです。また、最近の発酵タンクでは温度管理によって発酵期間を3か月~半年程度に縮めることができます。こうして効率化を図ることで、醤油は安く大量に作られるようになりました。

 

時代の変化で選んだ道は、自然の力を利用した天然醸造を守ること

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このように、科学と設備の力を借りれば短い期間でおいしい醤油をつくることが可能です。もちろん、それもひとつの在り方ではありますが、当時の6代目、私の祖父が選んだのは、自然の力を利用した天然醸造による醤油造りを続けて行く道でした。

100年以上も経った古い木桶を使用し、蔵のあちこちに棲みついた菌たちの力を活かし、四季の温度変化に頼った醸造をする。1年半以上という長い年月がかかりますし、均一化されたおいしさを出すことはできませんが、こうすることでうちの蔵独特の風味に仕上げることができるのです。

その個性ある味わいのおかげか、うちの醤油を購入いただいているお客さまには食へのこだわりを持った方が多くいらっしゃいます。

「私の母の代から栄醤油を使っていたの。ここのお醤油でないとどうしてもダメなのよ」などとお声をいただくこともしばしば。
そんなとき、うちの店をそんなに長く見守ってくださっているか、と温かい気持ちになると同時に、その期待に応えなければと身が引き締まる思いがします。

▲醤油蔵の中に佇む6代目。
▲醤油蔵の中に佇む6代目。

 

▲2015年4月にオープンした新店舗の前で、従業員一同の記念写真。
▲2015年4月にオープンした新店舗の前で、従業員一同の記念写真。

 

伝統技法を守りながら、珍しい“麹菌”を使った醤油造りにも挑戦

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うちでは看板商品の醤油とは別に、自家採集した麹菌を使ったちょっと珍しい醤油もつくっています。なぜ珍しいかと言うと、醤油とは一般的に「種麹屋」から仕入れた麹菌のタネをつかって醸造するものだからです。

元々は自然食品を取り扱う会社さんから頼まれたことがきっかけでした。

天然の麹菌を使用して醤油をつくることは、醸造界の常識から外れること。始めは手探り状態で、可能かどうかですら不安なくらいでした。それでも敢えて取り組んだのは、今の在り方を守り継いでいくためには挑戦していくことも必要だと思ったからです。

試行錯誤の結果、今となってはたくさんの方から支持を得る商品となり、温故知新の大切さを改めて思い知ることとなりました。工夫と研究を重ねた結果、最近では技術が軌道に乗り、量・質ともに安定した天然菌が採れるようになってきて、とりわけ2015年夏にはこれまでに比べてさらに良い麹が出来上がったので、より質の高い醤油ができそうな予感にワクワクしています。

 

環境を受け継ぐことも大事な使命 木桶存続プロジェクトにも参加

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私に課せられた課題は、代々引き継がれてきた設備をいかに大切に使うかということ。醤油造りはモノ造りと違って職人の力が強くものをいう世界ではありません。主役は蔵に息づく菌たちで、私たちは知識と経験をもとにその働きの手助けをしているにすぎないからです。つまり技術ばかりではなく、今の環境を受け継いでいくことが重要と私は考えています。

例えば醤油を造るのに使っている木桶は100年もの。しかし、木桶を作ることができる職人さんは、ごくわずかになってしまいました。
そこで、木桶での発酵食品製造にこだわる方々が立ち上がり、木桶を存続させるためにプロジェクトを始動しました。私も参加しています。蔵と道具を次の世代に引き継ぐために、今のうちからできることを模索していきたいです。

また、食の多様化で若年層の和食離れが進み、醤油の消費自体が少なくなっているのも懸念点です。

私たちの醤油造りを存続させていくには、どのように醤油を販売するかということにも向き合っていかなければなりません。そのために今、自家採集した麹菌で製造した新商品の醸造にも取り組んでいます。天然菌からとって”天”と名づける予定で、うまくプロデュースして価値ある商品として販売していけたらと考えています。