美術品ではなく実用品としての山中漆器を!会社員を経て伝統工芸の道へ

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木下富雄(きのした・とみお)/山中漆器作家

1967年愛知県名古屋市生まれ。山中漆器作家。コンピュータソフトのエンジニアを経て、石川県挽物轆轤研修所で漆器づくりを学ぶ。2005年、40歳のときに木地師として独立。職人として注文を受けた器の木地作りをするほか、漆器作家として漆塗りも手がけて作品を販売している。現在、“世襲じゃない工芸家集団IKON(アイコン)”でも活動中。


バーで目にした工芸品に魅せられ、 ITエンジニアから転身

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私は石川県加賀市の山中温泉で山中漆器を作っています。

山中漆器は、天正年間(1573~1592)に、この地に移り住んだ木地師(きじし=ろくろをまわして木で器を作る職人)たちが始めたとされ、温泉の湯治客への土産物として発展してきました。

昔から、木を成型する木地師、漆を塗る塗師(ぬし)、蒔絵(まきえ)をほどこす蒔絵師という分業体制がとられています。

私は、職人として塗師やメーカーから注文を受けて木地を作るほか、作家として漆を塗り作品を作ってお店や展示会に出品しています。

子どものころから図工やプラモデルが得意でものづくりは好きでしたが、36歳までは会社に勤めて名古屋でコンピュータソフトのエンジニアをやっていました。

ものづくりを仕事にしたいと思ったきっかけは、いきつけのバーで目にした工芸品のカットグラスです。美しいだけでなく持ちやすくて、飲んだものがとてもおいしく感じられました。ガラス工芸の体験教室に通っているうちに、富山県高岡市で漆器作りを習っている人と知り合いました。その人から山中温泉に漆器作りを学べる学校があることを教えられ、興味を持ったのが始まりです。

 

36歳から山中漆器を学ぶために専門校へ 40歳で独立

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その学校とは、石川県立山中漆器産業技術センターの「石川県挽物轆轤(ひきものろくろ)研修所」です。基礎コース2年、専門コース2年の合計4年間で、木地作りや漆塗り、蒔絵塗りはもちろん、活け花などの漆器に関係する伝統文化について学ぶことができます。漆器作りの技能を本格的に学べる日本で唯一の施設です。

漆器作りをやってみたくて思いきって会社を辞めることにしました。36歳のときでした。辞めることを会社にメールで伝えるときはさすがに手が震えました。メールを打つ手が震えたのはあとにも先にもこのときだけです。

作文と面接の試験を受けて研修所に入所し、コンビニエンスストアのアルバイトでお金を稼ぎながら勉強しました。研修所の中嶋虎男先生の工房で弟子のひとりとしても働きました。

2005年に40歳のときに独立しました。最初はあまり仕事はありませんでしたが、借りていた工房の家主が漆器問屋だった関係で、その問屋から注文をいただくことができました。その後、石川県が行っている伝統工芸のセミナーに参加して、いろいろな人とのつながりができて仕事が増えるようになりました。

 

薄くても比較的丈夫な“縦木取り”が山中漆器の特徴

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この仕事を始めてうれしかったことは、初めて納品したときに現金を手渡されたこと。「仕事をしたなあ」という実感がありました。会社員のころは振り込みだったので「稼いでいる」という実感は少なかった。このときはまだ技術的に未熟で時間がかかってしまったこともあり、時給に換算するとコンビニエンスストアのアルバイトより安かったけれど、ありがたみは一生忘れないと思います。

作るものはお椀やお皿など丸いものが中心です。四角い器はろくろではなく専用の道具が必要です。

材料はケヤキやミズメザクラ、トチが多い。山中温泉には材料店が3軒あり、そこから乾燥された材料を仕入れています。乾燥していない材料を加工すると割れてしまいます。

山中漆器は、材料の「木取り」に特徴があります。「縦木取り」といって、立っている木の幹と同じ方向で器の木取りをします。したがって木目は縦に入ります。よその地域では木の幹に対して器を横にして木取りすることが多い。この場合木目は横に入ります。「縦木取り」のほうが薄くても比較的丈夫に作ることができます。

ろくろを回しながら、材料にカンナの刃を当てて成型していきます。器の外側の成型なら1日に30個程度、内側の成型なら1日に40個程度を作ることができます。平均すると1日に20個程度作っています。

 

漆はごまかせない!塗り・拭き・削りで独特のツヤを出す

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作品として自分で漆を塗る場合は、まず最初に「木地がため」として、漆を薄くのばして塗ります。これを乾かすと木の繊維が毛羽立つところが出てくるので、もう一度ろくろにかけてから紙ヤスリで磨きます。

その後また漆を塗り、乾く前に紙で拭きとる。これが「拭き漆」という手法で、山中漆器の特徴の一つです。拭きとることで独特の刷毛ムラができます。さらに、この作業を5回、6回と繰り返すことによって独特のツヤが出てきます。いいツヤが出てくれば完成です。夏なら塗った翌日にまた塗ることができますが、寒くて漆が乾きにくい時期は2日間くらい空けてから塗り重ねます。

難しいのは木をきれいに削ること。器の表面に少しでも傷が残っていると、漆を塗ったあとに黒い傷が現れてしまう。さらに最終的に漆のツヤが出てくると、ちょっとしたデコボコも目立ってしまう。デコボコは焼き物なら味として許されるかもしれませんが、漆器の場合は許されません。漆ではなくウレタン塗料であれば黒い傷も出ませんし、デコボコも目立ちません。しかし、漆はごまかせない。作業が雑であることがわかってしまうんです。それがこの仕事の厳しさだと思います。カンナの刃から少しでも変な音がしたら、表面を不用意に傷つけてしまったのではないかと心配になります。木地を削る音にも気を配らなければなりません。

材料の選択も大切です。木によってすべて木目が違うので、材料を見てどういうものを作ろうかと考えます。材料の重心がどこにあるかを見きわめることも必要です。これらのことは経験を積むうちにだんだんとわかってきました。

私は美術品というよりも生活で使える実用品を作っています。人の心を豊かにしてくれるもの、そういう器を今後も作っていきたいと思います。

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