伝統の“京鹿の子絞り”のアレンジに挑戦!パリのデザイナーともコラボ
松岡輝一(まつおか・きいち)/「京鹿の子絞り」染色部門の伝統工芸士
昭和43年京都府生まれ。「京鹿の子絞り」染色部門の伝統工芸士。「株式会社京都美京」の三代目として「京鹿の子絞り」と京呉服の製造・プロデュースをしている。最近では海外展開にも意欲的で、日本の伝統技術である絞り染めを用いて作られた着物を世界へ送り届けるために、新しい製品の開発に積極的に取り組んでいる。
「京鹿の子(きょうかのこ)絞り」の染色では、技法や布地が異なる場合はもちろんのこと、同じ水や同じ染料でも、その日の天候や湿度によっても色の出方が変わってきます。染料をどのくらい入れるか、布地をどのくらい浸すか、水の温度はどのくらいにするかなど、染める前から染め終わるまでずっと、さまざまなことに気を配り、調整する技術を必要とします。
伝統工芸の盛んな京都で家業を継ぎ、伝統工芸士として活躍する松岡輝一さんに、これまでの歩みや将来の夢についてお聞きしました。
一つとして同じものができない絞り染め
「京鹿の子(きょうかのこ)絞り」製品と京呉服の製造および販売を行う、株式会社京都美京の長男として生まれました。弊社は1937年に祖父が染色加工業として創業し、50年代後半の父の代から「京鹿の子絞り」の全工程の加工業を始めました。70年代から訪問着や附下(つけさげ)、小紋、帯など京呉服の製造販売も行っています。
私は家業を継ぎ、「京鹿の子絞り」と京呉服の製造やプロデュースをしています。
仕事場と生活の場が同じだったので、物心ついたころから父や職人たちの作業を手伝っていましたが、本格的に仕事に従事し始めたのは大学卒業後です。
父からは「後を継げ」とは言われませんでしたし、自分からも後を継ぎたいとは言いませんでしたが、自然にこの道を進んでいました。心のどこかではずっと前からこの道を決めていたのかもしれません。
「京鹿の子絞り」とは、絞り染めの一種です。
布地に下絵を描き入れた後、布をつまみ、糸できつく括ります。これを「括り(くくり)」といいます。染める際、「括り」の部分は染まらずに白く残り、模様となります。
「総疋田(そうひった)絞り」という技法で作られる模様が小鹿の背のまだらに似ていることから、「京鹿の子絞り」という名がついたと言われています。
着物の「京鹿の子絞り」は、デザイン作成から完成までの工程が50以上もあります。専門の職人が携わり、分業で進めていきます。さまざまな人の手業の積み重ねで作られるからこそ、それぞれの人の力量が作品の出来の良し悪しを左右します。
色の微妙なにじみ具合や、色のちょっとした偶然の絡み合いなどによって、一つとして同じものはありません。そこが「京鹿の子絞り」の特徴です。
その日の天候や湿度にも左右される繊細な作業
「京鹿の子絞り」の染色方法は、まず70~80℃に設定した水に染料を入れます。染料は赤、青、黄色の3色を混ぜ合わせて出したい色を作り出します。そこに白い布地を入れて染め上げていきます。
染料をどのくらい入れるか、布地をどのくらい浸すか、水の温度は何℃くらいにするかなど、染める前から染め終わるまでずっと、さまざまなことに気を配る必要があります。
技法や布地が異なる場合はもちろんのこと、同じ水、同じ染料でも、その日の天候や湿度によっても色の出方が変わってくるため、それを見極めて調整する技術が求められます。先代から受け継いできた職人技ですが、長年やっている私でも、今もまだ勉強の日々です。
職人気質の父の背中を追いかけ、目で見て覚える
着物や帯、帯揚げなど着物に必要な一式を染めることができるようになるには、3年ほどの経験が必要です。思い通りの色を表現できるようになるには、さらに最低でも5年以上かかります。
技術は、師匠である父から作業中に学びました。作業中に質問をすると父の手を止めてしまうので、目で見て覚えるしかありませんでした。父はとにかく職人気質で多くを語らないため、叱られることはあっても、ほめられることは一度もありませんでした。
しかし、父が他界する数か月前に、完成した作品を見てもらったところ、にっこりと笑って、うなずいてくれたのです。
このときの父の笑顔は今でも脳裏に焼き付いています。
何度も試行錯誤 難しい“板締絞り”に取り組む
「京鹿の子絞り」には、「総疋田(そうひった)絞り」以外にも「疋田(ひった)絞り」や「一目(ひとめ)絞り」など、さまざまな技法があります。
私が今取り組んでいる「板締絞り」は、布地を2枚の板で挟んで染める技法ですが、板同士をきちんと締めないと隙間から染料が入ってきてしまいます。とても難しく、何度も試行錯誤しました。
ようやく完成した着物をお客様に見てもらい、お褒めの言葉をいただいたときや、実際にお客様がお召しになった姿を見たときは、とても嬉しかったです。
現代的な作品“ストール”と“トップス”などで海外へ
現代は着物を着る機会が少ない時代になってしまいましたが、「京鹿の子絞り」のことを知らない人々にも、この染めのテクニックに目を向けてもらいたいと思っています。
そこで、現代のライフスタイルに合うように、「京鹿の子絞り」のスカーフやショール、カバン、小物類などの試作品づくりをしています。
また、経済産業省主催の「DENSAN ACADEMY」という全国の若手伝統工芸士が集まる勉強会に参加した際には、海外という大きなマーケットを知ることができました。
一昨年にはパリのルーブル美術館での展示会にも参加(※下記画像が出展作品)し、海外展開に向けて新たな一歩を踏み出しました。
パリのデザイナーとコラボレーションをして、デザイナーが手がけたトップスの「京鹿の子絞り」にもチャレンジしています。
ストールやトップスづくりでは、生地の選定や色など今まで手がけてきた着物とは全く異なるため、新たな生みの苦しみを味わう日々ですが、「京鹿の子絞り」の魅力を伝えていくために頑張っています。
今後、全国そして海外へと「京鹿の子絞り」のファンを増やしていきたいです。