漆器は香川の知られざる”美しさ” 漆を楽しむ文化を浸透させたい

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中田陽平(なかた・ようへい)/漆木工職人(香川漆器)

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18歳で中田漆木に就職し、香川漆器の製造に従事しながら、22歳で香川県漆芸研究所に通い、伝統技術についての知識を深める。「型にとらわれない」ということを信条にして、新しい漆器、今までと違う品物への挑戦を続けている。

ホームページ
http://www.nakatashikki.com/

経歴
2000年 中田漆木に就職
2007年 香川県漆芸研究所研究生終了
「磯井正美賞展」出品(灸まん美術館)(以降4回出品)
「日本工芸会四国支部展」入選
2008年 「高岡クラフト展」入選
「伊丹現代クラフト展」入選
2009年 「朝日現代クラフト展」入選
「伝統工芸四国展」入選
2011年 「酒の器展」入選(金津創作の森アートミュージアム)
「フィールドミュージアムSANUKI」参加
2012年 「用の漆」(まちのシューレ963)出品
「中田陽平 うるしのうつわ展」(灸まん美術館)
2013年 「かがわ・山なみ芸術祭・手と目の力」参加
グループ展「漆と土のutsuwamono展」(カフェアジールギャラリー臘)


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彫漆(ちょうしつ)、蒟醤(きんま)、存清(ぞんせい)、後藤塗(ごとうぬり)、象谷塗(ぞうこくぬり)。これらが何を指す言葉か分かりますでしょうか。まったくもって見当がつかないという人が圧倒的に多いと思いますが、これら5つの言葉は、香川漆器の伝統的な技法の名称です。

▲彫漆技法が施された角膳
▲彫漆技法が施された角膳

香川漆器の特長の一つには、漆に赤や青の顔料を含ませ、多色によって色彩のバリエーションを豊かにした色鮮やかな作品があります。これは私の得意とする彫漆(ちょうしつ)の技法なのですが、2色以上の漆を塗り重ね、表面の漆を彫ることで、層の違いで表れる豊かな色合いを表現するものです。

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漆の描線に金をまく蒔絵(まきえ)とは違い、香川漆器は注目されることも少なく、知名度も低いかもしれません。体験型のワークショップや、漆器を普及させる活動に参加することで、私の地元香川県には、こんなにも面白い漆器があるということをアピールして、漆器自体のイメージアップを図っていきたいですね。

 

 

祖父の代から80年続く”中田漆木” 高校卒業と同時に入社

私は香川漆器の製造販売を手掛ける”中田漆木”で生まれ育ちました。祖父の代から始まったので、かれこれ80年ほどの歴史があります。
そして香川県には伝統美術である香川漆器の伝承を目的にして設立された「高松工芸高校」があります。私も父と同様、中学卒業後はその学校に進学しました。

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高松工芸高校では、今では別の科と統合されてしまい名称が変わっているのですが、かつては漆芸科がありました。実家では漆器の製造販売をしていましたが、私が選択したのはデザイン科。当時は漆をやっていくつもりはなかったのです。

ですが、地元の産業に貢献したいという気持ちは当時から強く持っており、とにかく早く働きたいと思っていました。高校卒業後はデザインの分野で仕事をしていくつもりでしたが、私が卒業するころ、家業の中田漆木が忙しくて人手が不足していたこともあり、私も中田漆木に就職して仕事を手伝うことになりました。

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中田漆木で仕事を続けて2年が経過したころ、別の企業で勤めていた私の兄が実家に戻ってきて家業を手伝うようになりました。兄弟そろって同じ仕事をしていると、お互いの思いがぶつかって意見が衝突することも多くなるかと思い、入社して4年が経ったころに、香川漆器の後継者育成施設である、香川県漆芸研究所に3年間勉強しに行くことにしました。といっても、研究所での勉強は夕方4時半ごろに終わりますので、そこからは家に戻って夜まで仕事を手伝っていたのですけどね。

 

 

漆芸研究所での濃密な3年間で香川漆器の奥深さを知る

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香川県漆芸研究所では、主に香川漆器の伝統的技法である、彫漆、蒟醤、存清について学びます。

1年目は、木地がどのように作られているか、漆について、加飾の方法など、漆器の基本的なことを勉強します。2年目になると、実際に漆塗りのお盆や箱を作ってみます。そして3年目には、3つの技法からどれかひとつを選択して、さらに専門的な技術を学んでいきます。

▲香川漆器のオブジェ
▲香川漆器のオブジェ

研究所には大学を卒業後に学びに来る人や、会社を辞めてから来る人も多く、年齢もばらばらでしたが、皆「漆」を深く知って学びたいという情熱がある人ばかりでした。

人間国宝の弟子であり、技術的にも一流の先生方や諸先輩方から香川漆器の伝統技術を教えてもらい、一緒に学ぶ者同士での意見の食い違いや、作品に対する思いの衝突など、悩むこともありましたが、3年間という短い期間でとても濃密な時間を過ごせました。

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研究所での勉強を修了後は、再び実家の中田漆木で仕事をすることになったのですが、そのころには兄は作ることよりも販売に力を入れるようになっていました。兄が営業として品物を販売し、私が職人としてものづくりの面で中田漆木をサポートする。非常に良い関係性が出来上がりました。

 

 

カップ&ソーサーをきっかけに漆を知ってもらう場ができる

▲香川漆器の五技法を使ったカップ&ソーサー
▲香川漆器の五技法を使ったカップ&ソーサー

2011年ごろになりますが、香川県漆芸研究所内で若手漆芸作家の品物を展示販売するスペースが増設されて、私は香川の五技法を使ったカップ&ソーサーを出品していました。すると一人のお客様が私の作品を手に取って「こんな素晴らしい漆器があるのならもっと広めたい、カフェで使えるようにして多くの人に魅力を分かってほしい」と言ってくれました。

その人は退職金を利用して漆専門の私設美術館を建ててしまうような人で、そこに併設するカフェで、私のカップ&ソーサーを使っていただけるということでした。そうして食卓に並ぶ器の中の一部でもよいので、漆器を使ってランチを食べていただいたり、コーヒーを飲んだりしてほしいですね。

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今後も漆器を積極的に広めていこうという方には、どんどん協力していきたいと思います。そうした取り組みに参加することで「香川県にはこんな面白いものがあるんだよ」ということを多くの方に知っていただけますし、香川漆器のイメージアップにも効果的ですから。

▲漆器のワイングラス
▲漆器のワイングラス

また、香川県のブランド事業の一環で、漆を使ったスマートフォンケースを作ったこともあります。漆を身近に感じてもらうために、そういった試みも非常に大切だとは思うのですが、もう少し改善を加えれば、さらに漆の特性を生かした製品になるとも思います。
例えば漆のお椀であれば、お手入れや修理をすることで長きにわたって使用できますが、スマートフォンケースだと、本体の型が変わってしまえば、同じものは使用できなくなってしまいます。漆の特長である、長く使えるという良さが発揮できません。

やはり私も長く使っていただけるものを作りたいと思いますし、使うことで表れる経年変化も楽しんでほしいと思います。

 

 

体験型イベントで今の子どもたちに漆器文化を浸透させたい

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現在も行っている取り組みの一つですが、子どもたちを対象に彫漆の技術を生かした体験型ワークショップを開催しています。多色が特長の香川漆器ならではの体験で、色の異なる漆を2層以上塗り重ね、表面を彫ることで、下の層の色が顔を出して色彩豊かな模様になるというもの。

ワークショップは子どもたちに限定しているわけではありませんが、若いうちから漆器に触れてほしいという思いもありますし、ある程度漆器や物を扱うことに理解が深い大人や年配の方々とは違い、先入観のない考え方で触れてもらえると、新しい漆器の未来も生まれやすいのではないかという希望もあります。

また私たちや諸先輩方では考えられなかった部分で、やわらかく「漆のモノ」に触れてもらえたらワークショップという形でも、私が関われた意味合いが少しでもあったのかなと思えるかも知れませんし、そういったチャンスを自分で増やしていきたいなという気持ちもあります。

こうした体験を通して漆器に触れ、自分でも作った器を使ってみることで、漆器の特性を理解し、漆の器を今後も使いたいと思ってくれたら嬉しいです。

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今後も、若い人でも漆芸の体験がしたいという人がいれば、漆器の普及のためにも、ワークショップを積極的に開催していきたいと思います。ただ、団体のお客様の申し込みだと、ワークショップを開くにも運営を手伝ってもらう人を雇わないといけませんので、今回サポートしていただく費用を、体験料の補助金として使わせていただきます。

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また個人的には彫漆の技法をさらに極めて、表現の幅を広げていきたいです。ワークショップで使用する2層構造の漆器ではなく、3層でも5層でも色の違う漆を塗り重ねていくことで、さらに色鮮やかな作品が出来上がります。漆は本来、何層にも塗り重ねていくものなので、彫り方の違いでも、表面に表れる印象は異なってきますから。

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漆器文化を浸透させ、イメージアップをするために、さまざまな取り組みに参加することはもちろん、今の時代に求められる漆器を作りたいという気持ちもあります。だから「あるところでみた食器を漆で作れないか」といった要望から「アニメで見たあのカップを実際に作ることはできますか」といった質問まで、ささいなことでも情報共有をしていきたいです。

全ての人を満たすようなものは作れないかもしれませんが、話をさせていただいた方1人1人の思いを大切にして、その人の力になれる作品を作っていきたいです。