心をなごます“柔”の美「竹工芸」の技術を継承し、日本の竹文化を守る

LINEで送る
Share on LinkedIn
Pocket

佐川岳彦(さがわ・たけひこ)/竹工芸家

profile

栃木県大田原市出身。設計事務所でデザインの仕事に従事、デザインの基礎を学ぶ。見聞を広げるために、バックパッカーとして中東、欧州へ渡り、日本のものづくりの良さに気がつく。帰国後は、父であり、竹工芸家でもある佐川素峯氏の下で師事。現在「竹工房 素竹庵(そちくあん)」にて修行を積みつつ、作家としての活動も精力的に行っている。

経歴
2007年 東北芸術工科大学 建築・環境デザイン学科卒業。株式会社コンテポラリーズ入社 設計デザインの仕事に従事する
2009年 株式会社コンテポラリーズ退社後、中東・欧州110日の旅へ出発。帰国後、竹工芸家 佐川素峯氏の下で竹の仕事に従事。東北芸術工科大学 建築・環境デザイン学科特別講師となる
2011年〜13年 栃木県大田原市美術指導相談員となる
2012年 第5回おおたわら美術館 Second Nature ―勝城蒼鳳の表現― 展を担当する。二期倶楽部主催 山のシューレ。人間国宝 勝城蒼鳳 竹のオブジェ展 制作アシスタント


image01

私の両親は、竹工芸の仕事をしており、当然のように竹に囲まれた生活を送ってきました。

しかし、幼いころの私は、両親がやっている仕事を理解できていなかったかもしれません。
友達の家と比べて「お父さんもお母さんもよく家にいるなぁ」と思ったくらいで、特別な仕事をしているという認識はありませんでした。初めて両親の仕事に関心を覚えたのは、私が大学生のころです。

はやりの現代建築が面白いと思ってデザインを勉強していたころ、最先端を追うばかりではなく、昔ながらの伝統工芸も面白そうだと思い、あらためて両親の仕事を見たとき、非常に感動したことを覚えています。

image02

時がたち、私は竹の持つ美しさ、日本の竹文化の危うさを知り、竹芸家への道を歩み始めました。

竹の魅力を、精いっぱい伝えていきたいと思います。

 

 

世界を旅して気付いた「日本の伝統工芸を守りたい」気持ち

image03

私は大学で建築デザインを学んだ後、2年ほど東京の設計事務所で設計デザインの仕事に従事しておりました。そこでは、デザインの手法や作品に対する構成論など多くを学びました。ものづくりの基礎を教えていただいたのです。

その後、会社を辞めて、自分を見つめ直す意味も込めて、中東・欧州をバックパッカーとして100日以上かけて旅しました。

その旅の中で、さまざまな国を見てまわるうちに、いつしか自分の国のことを真剣に考えるようになりました。もっと日本という国の伝統を学び、無くなってしまうかもしれない文化を残していくために、何か活動をしたいと思うようになりました。

そこで、自分に何ができるのかを考えたとき、真っ先に脳裏によぎったものが「竹」でした。

image04

幼いころから竹と共に生活をし、竹で遊んだ日々…、自分が守るべきものは身近にあったと気がついたのです。

そして、私は帰国後、父であり、竹工芸家でもある、佐川素峯(さがわそほう)の下で師事をすることになり、竹芸家としての道を歩み始めました。

知らない人も多いかと思いますが、日本のような精巧(せいこう)な竹工芸は、世界的に見ても非常に珍しいものなのです。

image05

タイや台湾などアジアの一部でも、竹製品が作られていますが、日本の技術と比べると日用品と量産性に重きを置いています。

そのため、精巧な竹工芸は、日本を代表する文化であるといっても過言ではありません。

このすごい技術を、次の世代へ、またその次の世代へと、継承していくことが、私の目標でもあります。

 

 

地元・大田原の人間国宝”勝城蒼鳳”先生の技術を吸収したい

image06

私が竹工芸の道を歩み始めてから、父以外にもう一人の師と仰ぐ人がいます。

父の師匠は、八木沢啓造(やぎさわけいぞう)先生という、栃木県大田原市に竹工芸を広めた功労者と名高い人物でした。
そのとき、父の兄弟子(自分より先に同じ師や親方についた人)だった人物が、勝城蒼鳳(かつしろそうほう)先生です。

この方は、現在日本に二人しかいない、竹工芸を手掛ける人間国宝の一人で、竹工芸の第一人者として、現在でも活躍されています。
幼いころから親しくさせてもらっていて、私は父と勝城先生双方から、技術を教わっています。

image07

父は茶道具を主に作っていますが、勝城先生は一般的なカゴから、創作オブジェまで多岐にわたります。

2012年に行われた勝城先生の竹オブジェ展では、私もアシスタントとして参加させてもらいました。

普段の竹工芸では、日用品を作ることが多いため、大きなオブジェを創ること自体が初めてでしたが、勝城先生は空間に負けないスケールで、いくつものオブジェを創っていきました。

私個人としても、ただ日用品を創るのではなく、いつかは創作オブジェを手掛けてみたいと考えています。
竹芸家と呼ばれるには、まだまだ経験も知識も足らない部分が多いので、今すぐにとはいきませんが、素晴らしい先生が身近に2人もいるので、これからも多くのことを吸収したいと思っています。

 

 

現代と伝統の美意識・価値観の融合への葛藤と挑戦の日々

image08

私はもともとデザインの仕事をしていたこともあり、何かを創りだすことは得意だと思っていました。

しかし、デザイナーだった当時の経験を頼りに、自分流に考えて、竹製品を創ったときに「伝統工芸が持つ、伝統美の様式とは少し違う」と父から言われたことがあります。

そのとき、自分が持つ感覚と、先人の人たちが培ってきた伝統工芸に対する美意識の感覚の違いを、思い知りました。

image09

「今の時代にも合わせたいが、伝統を守らなくてはならない」

これはとても難しい課題であり、今でも葛藤があります。
あまりにも本来の形からかけ離れてしまうと、それはもう私の自己満足になってしまいます。

アート作品としてみればよいのかもしれませんが、伝統という意味での「用の美(普段使いの美しさ)」を無視したものになっているのでは、という気がするのです。

image10

そのため、私が考える今後の竹製品は、竹だけで物を創るのではなく、他の物と組み合わせた製品創りをすることで、竹を身近に感じていただける機会を増やせるのではないかと考えています。

伝統技法をしっかりと継承しつつも、竹以外の物の力を借りて、さらにより良いものに昇華させること。

ガラスや布など、竹との組み合わせには、多くの可能性があると思います。

今はまだ、技術が追いついていない部分があり、実現できないことも多いですが、必ず現代に合う竹製品を開発していきます。

 

 

日本の竹にしかない “人の心を落ち着かせる”魅力を伝えたい

image11

竹の特長として「軽さ」と「しなやかさ」が挙げられますが、同じような特長はプラスチックも持っています。

もっといえば、プラスチックの方が日常で使用するにあたって、扱いも簡単であることは明らかです。

しかし、竹にしかない魅力もあります。

竹は自然のものですから、使えば使うほど、艶(つや)が増して風合いがよくなっていきます。
プラスチックのような無機質なものは、ただ劣化していくだけです。

また東南アジアに分布している竹と、日本の竹は全くものが違うのです。

海外の竹は、いわゆるバンブーと呼ばれるもので「株立ち(かぶだち)」が多いのです。
株立ちとは一つの株から複数の竹が生えてくるものを指し、中の空洞が狭く、非常に身がつまっていることが特徴といえます。そのため、強度だけをみれば海外の竹は非常に強いといえます。

image12

反対に日本の竹は、「地下茎(ちかけい)」と呼ばれる茎が、地下に広がっていて、一つの竹林を形成しています。この日本の竹の特徴は、中の空洞が広く、非常に身が少ないことです。そのため、海外の竹と比べて強度が落ちますが、柔軟性、しなやかさでは、日本の竹に勝るものはないと思います。

「剛」の海外、「柔」の日本といったところでしょうか。

日本特有の竹のしなやかさ、美しさ、素晴らしさを知ってもらうためにも、竹工芸を続けていきたいと考えています。竹林を見ると心が和み、落ち着くことがあるかと思います。私も、使う人の心を和ませるような、どこか落ち着く、そんな竹工芸を創っていきたいと思っていますので、どうかこれからの竹工芸を見ていてください。

image13