女性ならではの感覚で、村上の伝統と漆の美を最大限に引き出したい

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池野里美(いけの・さとみ)/村上木彫堆朱 塗師

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新潟県村上市出身、1985年生まれ。村上木彫堆朱を手がける池野漆工芸に生まれ、伝統工芸士である母に24歳で弟子入り。現在も塗師としての技術を高めながら、”今”必要とされる村上木彫堆朱を考える。

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新潟県最北端に位置する村上市。この地には、江戸時代より伝わる伝統工芸、村上木彫堆朱(むらかみきぼりついしゅ)があることを、皆さんご存知でしょうか。

堆朱とは漆を幾重にも塗り、その後、文様を彫刻する古来より伝わる伝統技法のことです。中でも村上木彫堆朱は、他の産地とは異なる独特なもので、”あらかじめ彫刻を施した木地に対して”漆を塗り重ねていきます (その後、さらに毛彫りという彫刻を施します) 。こうすることで、さらなる繊細な文様の表現を可能にし、立体感、躍動感をさらに高めているのです。

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その半面、漆を塗る塗師には、さらに高い技術が求められます。平面ではなく、繊細な彫刻が施された凸凹のある面に対して、彫りを埋めてしまわないように漆を塗っていく卓越された技術が必要となります。美しい彫刻が生きるか、死ぬか、これは塗師の腕にかかっているといっても過言ではありません。

 

 

生涯の仕事と決意し、歴史と伝統を受け継ぐ塗師へ転身

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私の家は祖父の代から村上木彫堆朱の塗師の家系で、母も伝統工芸士です。そのため、幼いころから暮らしの中には漆器や漆があふれていました。

ただ、当時の私は家を継ぐという考えはなく、絵が好きだったこともあり、中学では美術を勉強して花や風景画を描いたり、高校では趣味の漫画やゲームに没頭したり。実家を離れ、漆とは縁がない生活を送っていた時期もありました。

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あるとき、「ずっと長く続けられる仕事はなんだろう」と考えるようになり、ふと母に相談したところ、母が塗師の仕事を勧めてくれたのです。絵が大好きだったことや何かを作ることが好きだったことを思い返し、この仕事だったらずっとやっていけるかもしれないと思い、やってみよう!と決意しました。

そうして母に弟子入りする形で、この世界へ入りました。最初は漆を塗る前処理として、木地の凹凸をヤスリで削り、滑らかにする仕事から始め、それができるようになったら次は平面の塗り、といった具合に徐々に自分ができることを増やしていきました。

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もちろん、まだまだ分からないこともたくさんあります。漆を塗った後は、砥石(といし)を使って平らに研ぐ必要があるのですが、この加減がとても難しい。手に伝わる微妙な感覚や、研磨する音で判断しなくてはいけないのですが、まだまだ習得には至っていません……。6年間の修業を経て、一通りこなせるようになりましたが、母に言わせればまだまだ半人前。今も母から出された課題をクリアするため、勉強中の身なのです。

 

 

最年少職人の私が考える後継者不足解消の糸口とは

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村上木彫堆朱の工程は、大きく分けると「木地をつくる」→「彫刻を施す」→「漆を塗る」となりますが、実際には20もの作業工程があり、各工程のプロフェッショナルが力を合わせて一つの作品をつくる、非常に手間がかかる伝統工芸なのです。凹凸をなくし、漆のノリをよくするための工程、髪の毛のように細かい彫刻を施す「毛彫り」そしてまた塗り……。一つの品物が完成するまでに1ヵ月以上必要とすることも決して珍しくありません。

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また村上木彫堆朱といえば「朱色」。朱色は村上木彫堆朱を代表する色で、塗師ごとに独自の「朱色」を持っています。この色の配合はおのおの秘伝のもので、私の家にも祖父から代々伝わる、伝統の朱色があります。

しかし現在、この伝統ある木彫堆朱を担う職人さんたちが、どんどん減ってきています。私は現在30歳(2015年時点)ですが、同年代、または私より下の世代は業界にはいません。私のすぐ上の方でも40代くらいの人がちらほらいるほどで、40代でも業界内では若手と言われています。

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実際、後継者不足の問題は深刻で、この問題の要因の一つとして、品物が売れにくいことが考えられます。そもそも木彫堆朱という物や言葉を知らない人がほとんどではないでしょうか。このままでは、受け継がれてきた技と色が、またひとつ、またひとつと失われていきます。たとえ新たに村上木彫堆朱を覚えたいという人が業界に入ってきても、売れるまでの辛い期間がとても長く、仕事として継続していくことは難しいと思います。

そんな環境をどうにか変えていきたい。そのためには、まず村上木彫堆朱に注目を集めること、そして村上木彫堆朱の良さを知ってもらうことができたら、後継者不足という問題も解決できるのではと思うのです。

 

 

村上木彫堆朱の新しい形を追及、伝統をつなぐ私の挑戦!

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漆器というと、現代ではあらたまった場で使用することが一般的で、普段使いには向かないのではと思う方も多いと思います。しかし、村上木彫堆朱も陶器やガラスと同じように、毎日使っていただけるものです。木と漆という天然素材を用いて作られたこの伝統工芸は、世代を超えて、代々受け継いで使うことができる、実用性と堅牢性を兼ね備えた道具なのです。

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現在私がつくる木彫堆朱は、昔ながらの花瓶や茶器といったものが多いですが、今後さらに技術を高めていき、今の暮らしに合わせた食器やコースターといった、身近に使えるような商品展開をすることが、私の目標でもあります。そして、女性塗師ならではの感性も大事にしていきたいです。

祖父から母へ、母から私へ受け継がれる、池野漆工芸の新たな挑戦を、どうか見守っていただければ幸いです。