若い人の好奇心を刺激し、木彫り彫刻の伝統継承と新しい形を体現したい

LINEで送る
Share on LinkedIn
Pocket

伊川昌宏(いかわ・まさひろ)/木彫り彫刻師

kao

伊川彫刻店の長男として、徳島県に生まれる。18歳から24歳までの間、京都の仏具屋で修業し、彫刻を学ぶ。修業後、伊川彫刻店へ戻り、彫刻の可能性を広めるため、さまざまな作品を手掛ける。現在は、木彫りひな人形の研究・開発を行っている。


image15

image10

私の祖父が昭和7年に伊川彫刻店を創業して以来、その技と伝統は私の父に受け継がれ、父から私へとバトンが渡されました。その歴史はかれこれ80年以上になります。

仏壇彫刻、欄間(らんま)、だんじり、神輿(みこし)、懸魚(げぎょ)、象鼻(ぞうばな)といった仏具を中心としてきた伊川彫刻店でありましたが、現在は日本の生活様式の変化や、安い海外製品に押され、業界全体としても非常に厳しい状況にあります。

image1 (1)

このままでは、彫刻師と呼ばれる職人が日本から消えてしまう日も、そう遠くないのかもしれません。そういった事態を防ぐために、私は受け継いだ技術を仏具以外でも活かし、あらゆるものを形にして、新しい価値を見つけようとしています。

伊川彫刻店がご提案する新しい彫刻の形を、ぜひ見てください。

 

 

彫刻師の父の長男として生まれ、18歳で単身京都修行へ

image2 (1)

彫刻師の家に長男として生まれた私にとっては、彫刻の世界へ入ることは自然な流れでした。

子どものころから、父には「跡継ぎはお前だ」と言われていたこともあり、彫刻の世界で生きていく覚悟はできていたのだと思います。

そして、私が18歳のとき、単身で京都の京仏具伝統工芸師のもとへ修業に行きました。
実はこのとき父から、大阪で彫刻を学べる専門学校へ行くか、京都の京仏具伝統工芸師のもとで見習いをしに行くか、選択を迫られていました。

当時の私は、学校でちまちま勉強するくらいなら、現場で勉強したいと考えていたため、迷わず京仏具伝統工芸師のもとでの修行を選びました。修業を始めた当初は後悔することもありましたが、今思えば、その選択は決して間違いではなかったと思います。

image3

実際、多くの実践経験を積むことができましたし、彫刻の技術だけではなく、仏具の知識や考え方まで、6年間でさまざまなことを学ぶことができました。

そして、一番の幸運は、なにより師匠と出会えたこと。
私を本当の息子のように接してくれて、仕事以外でもとてもお世話になりました。
まさに、私にとっては京都の親父と呼べる存在です。

余談ではありますが、師匠は現在80歳を越えていますが、大変エネルギッシュな人で、今でも彫刻刀を握っていらっしゃいます。そんな師匠のようになりたいと、常々思っています。

 

 

木の彫刻ならではの“温かみと味”、時間が経つほど独特に

SANYO DIGITAL CAMERA

私が今回伝統サポーターズに応募した理由の一つとして、彫刻とそれに携わる職人の仕事を認知させたいという思いがあります。

彫刻師は、木と彫刻刀さえあれば、どんなものでもその形を表現することができます。
可能性は無限大であり、私自身も仏具以外で、さまざまなものを形にしてきました。

変わったご依頼では、2メートルの巨大な「手」のオブジェを作ってほしいといった方や、部屋に飾る8メートルの巨大なヘビのオブジェを作ってほしいといった方もいらっしゃいました。そうした大きなもの以外にも、ひな人形や飾り兜(かぶと)など、非常に繊細な技術を求められる仕事もあります。

image5 (1)

これらは決して機械ではできません。

一つの木から、心を込めてお客様の理想を形にする、それが彫刻師という仕事です。

そして、木の彫刻の最大の長所は、温かみと味です。

木の彫刻は、彫ったときと20年後とでは、その艶(つや)や風合いが変わってきます。
もともと木が持っていた油が、長い年月をかけて変化をもたらし、独特の味を醸し出すのです。

私が手掛ける木彫り兜(かぶと)も、木の質感が好きだという理由で購入してくださる方ばかりです。
そんな方のためにも、何十年後も楽しんでいただけるような作品を創ることが、私たち彫刻師の使命でもあるのです。

 

 

皆さまの笑顔が私の宝物!喜ぶ顔を思いながら創作に励む

image9 (1)

私が伊川彫刻店の当主として、そして彫刻師として仕事を始めてから、多くのお客様と接してきました。

現在、伊川彫刻店では、オーダーメイド以外にも多くの彫刻を制作しています。
中でも全国的にみても珍しい木彫りの兜ですが、これを作り始めたきっかけは、長男が生まれたことでした。そのとき、記念に兜を作ってあげたのです。

そのとき作った兜が、いつしかうわさとなり、作ってほしいという要望が増えて、現在多くのご注文を受けるようになりました。同時に、嬉しい出来事も起こり始めました。

購入したお客様から、子どもさんの写真が同封されたお礼の手紙や電話をいただくことが増えたのです。

いただいた写真の中には、兜を見て嬉しそうにはしゃぐ子どもさんや、それを温かく見守る家族の人たちが写っていました。こうした写真や手紙は、私の宝物です。まさに、職人冥利に尽きるというやつですね。

私はそうしたお客様のためにも、代々続く伊川彫刻店の伝統と誇りを胸に、一つ一つ真心を込めて、手にとってくれる人を思いながら、彫刻刀を握っています。

 

 

仏具だけでは厳しい時代、新しい形を模索し後継者育成へ

image13

私が子どものころの父に対するイメージは、とにかくお酒を飲む人でした。

家の中では仕事の話を一切しないため、そうした印象が残っているのだと思います。
しかし、ひとたび彫刻刀を握れば、人が変わったかのように作品創りに没頭していました。

そのころの伊川彫刻店は大繁盛していました。
仏具の需要が多かったこともあり、父と母が寝る間を惜しんで徹夜で作業をしなければならないほど、仕事が溢れていたことを思い出します。

image14

そして時代が変わり、現代。

同じように仏具だけを作っているだけでは、厳しい世の中になりました。実際、彫刻師の仲間のなかでも、廃業を選択する人が増えてきています。

しかし、私はこの受け継いだ技術を、私の代で終わらせたくはありません。
伊川彫刻店が忙しかったあのころを取り戻すため、新しい試みに挑戦していきたいと考えています。

現在は木彫りのひな人形の研究・開発を行っていますが、木彫りの彫刻が皆さんの身近な存在となれるように、日々新しい形を模索しています。

そうして新しい形を体現することで、若い人たちの好奇心を刺激し、伝統技術を継承してくれる若者を、生み出すことができればと思っています。