心を温かくする水引工芸、基本・素材・技術や知識を多くの人に伝えたい

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内野 敏子 (うちの・としこ)/水引工芸家

prof

水引工芸家。1963年3月16日 熊本生まれ。武蔵野美術短期大学卒業<油絵専攻>。広告デザイン、建築設計などの仕事を経たのち、1995年より水引工芸、2000年よりバスケタリーを始める。2005年、横浜より熊本へ移動、実店舗「しろつめ」オープン。現在、オリジナル作品の制作販売、企業や雑誌、個人の依頼にて作品制作のかたわら、しろつめにて水引教室主宰他、全国各地でワークショップ開催。2012.3月 宮城県山元町で水引ワークショップ。

ホームページ
http://uchinotoshiko.web.fc2.com/
860-0051 熊本県熊本市西区二本木2-11-2


▲25ansウエディングに掲載している結納品の生かしなおし
▲25ansウエディングに掲載している結納品の生かしなおし

ここ数年の和ブームに影響されているのか、何年かに一度の周期でやってくる水引ブーム。今、再び水引に注目が集まってきています。水引というと、祝儀袋や結納品などのイメージを持つ方が多いと思いますが、最近は水引のピアスやネックレスといったアクセサリーを手掛ける作家さんもいます。

そして、インターネットの発達によって、ブログや動画サイトなどで誰もが気軽に情報発信できるような時代になり、水引の結びを覚えたいという方も、ネット上の情報から独自に学ぶことが可能になりました。

▲撮影用に制作した基本の結びだけを使った花とコラージュの作品
▲撮影用に制作した基本の結びだけを使った花とコラージュの作品

「水引を普段の暮らしに取り入れていきたい」と願う私にとっては、多くの方が水引を身近に感じていただけるのはとても嬉しいことなのですが、気軽に水引を学ぶことができるようになったせいか、中には悲しいかな、美しくない作品が、”水引作品”として販売されています。

私は基本の結びや素材の種類・目的などをもっと多くの方に知っていただいた上で、素材と向き合っていただけたらと常に願っています。

 

 

挫折した私を変えたある一言、方向性決めたアドバイス

▲多彩な色がある水引の素材。写真は絹巻水引という種類で、人工の絹糸が巻かれたもの
▲多彩な色がある水引の素材。写真は絹巻水引という種類で、人工の絹糸が巻かれたもの

水引工芸を始めたのは30代からですが、小さいころから水引という素材に興味があり、よく祝儀袋についている水引を外して遊んだりしていました。20代のときディスプレイの仕事で初めて三尺(約90センチ)の水引を見て、なんて美しいものなんだろうと心をつかまれました。

その後、横浜で近所の水引工芸教室に通い始め、結びの基礎を学び始めましたが、三つ編みを並行にそろえて編むという単純なことすらできず、すぐにくじけてしまいました。

▲2015年の年賀状のためのデザイン。イラストの上にひつじの前髪を水引で表現しています
▲2015年の年賀状のためのデザイン。イラストの上にひつじの前髪を水引で表現しています

そんなとき、たまたま友人のお母様から「続けているといいことあるわよ」と言われました。この短い一言がきっかけで、もうちょっと頑張ってみようと思い直し、続けることにしました。

シンプルな言葉でしたが、私にとってはちょうどバブルがはじけた後の結婚、引っ越しなどで思うように目標としていた建築設計の仕事もできていなかったせいで、心に深く刻まれたのだと思います。

2年ほど教室に通った後、また他で習いたいと思いましたが、なかなか仕事をしながら通える教室がなかったので、独学で水引についての古い資料や本を集め、さらに水引工芸に没頭するようになっていきます。

▲普段使っている道具。オリジナル作品を作るためにはスケッチから入ります
▲普段使っている道具。オリジナル作品を作るためにはスケッチから入ります

1998年、初の個展を熊本で開きました。まだまだひよっこの私に企画展という機会を与えてくださったギャラリーのオーナーは審美眼もするどく、会期中にいろんな話をしました。

そのときに、色がたくさんあってきれいなのでついつい多色使いをしてしまうけれど、そうなるとせっかくの形の美しさに目が行かなくなるというアドバイスを受け(それは水引に限ったことではないと思いますが)、その後の私の作品は色をたくさん使わず、なるべく1色、または紅白で制作していくという方向性に変わっていくのでした。

▲2014年12月の個展の様子(島田美術館において/熊本県熊本市)
▲2014年12月の個展の様子(島田美術館において/熊本県熊本市)

今の私の作品は、今までの人生で経験してきたことや、出会った人からいただいた言葉などが結びついて出来上がっています。多分これから出会う人や物や機会も同じくだと思います。

 

 

2012年、宮城県の仮設住宅でワークショップ

▲熊本城。現在は地元熊本に戻って制作しています
▲熊本城。現在は地元熊本に戻って制作しています

2005年、夫の希望で横浜から私の地元・熊本へ転居。水引の仕事も関東で順調に始まった直後でしたが、マンションも売り、熊本で「しろつめ」という店を開き、制作活動と並行することになります。

熊本へ移動してしばらくして「水引を教える」ことも始めました。作家の友人が「そろそろシェアしないと」と言ってくれたのがきっかけで、それまでオリジナル作品の制作販売に重きを置いていましたが、技術や知識を残していくことを仕事にプラスしました。

しかし、教室に加え、店の営業、他の作家さんのお世話、展覧会やイベントの企画、開催などそれまでの生活が一転し、週の半分は徹夜、休みは元旦のみという生活を続けた結果、とうとう体が悲鳴を上げました。

このままでは医者から命の危険もあると言われ、仕事の見直しをしようと思ったとき、店のことをメインにして、不本意ではあるけれど自分の仕事を減らすかと悩んだ結果、私の答えは「水引はやめられない」という結論でした。

▲2012年3月3日、宮城県亘理郡<わたりぐん>山元町でのワークショップの様子。午前・午後を通して作品を作りました
▲2012年3月3日、宮城県亘理郡<わたりぐん>山元町でのワークショップの様子。午前・午後を通して作品を作りました

水引はやめられないと決めた中、思い出に残るのは3.11の震災1年後のワークショップ。水引はお祝い事を連想するものなので、大なり小なり悲しい体験をなさっている地元の皆さんに複雑な思いをさせてしまうのではないか?と、私はもちろん、地元の役場の方もワークショップにつないでくださったボランティアグループ(遊牧カフェ)のメンバーも心配する気持ちが先にありました。

そんな理由から赤い水引はバックルームにおいて、あまり影響のない色味やキラキラした素材を中心に準備してスタートしました。

 

 

心も笑顔にする水引工芸、続けることに意義がある

▲華やかな気持ちにしてくれる紅白の水引
▲華やかな気持ちにしてくれる紅白の水引

しかし、いざワークショップが始まると、参加者の方は口々に「赤が欲しい」とおっしゃって紅白の水引を使いたがるのです。赤色の水引もたくさん用意はしていましたが、足りなくなるのではと心配したほどです。その状況を見て、日本人の心には赤色がとてもよく浸透していることを改めて認識し「紅白の水引がこんなにも日本人の心を癒してくれるものなんだ」と感じました。

そのワークショップに参加してくださった方の中には子どもからお年寄り、女性だけではなく男性もいらっしゃいました。そして、その中のひとりの男性が「自分も震災のときに死んだ方がよかった」と、アシストのために熊本から一緒に行ってくれた生徒さんにワークショップの最中にぼそっとつぶやかれたそうです。

彼女はとてもショックを受けていて、私もその話を後で聞いてなんと言ってよいか分からず、「きっとちょっと愚痴ってしまっただけだよ」となぐさめたのですが、翌月、そこへ毎月(今も)ワークショップに通っているボランティアグループ「遊牧カフェ」のメンバーから思いがけない写真が届いてびっくり。

送られてきた写真には100円ショップで買ってきた水引の付録などで作り方を研究し、画面いっぱいにご自分で編まれた松やオリジナルの花などの水引作品が貼られた色紙を持って、はにかんだ笑顔で写っているあの男性が。私たちはこっそりそのMさんのことを「水引番長」と呼んでいます。

▲年賀状のデザインより。おめでたいモチーフのひょうたんと黒板に書いた新年のご挨拶
▲年賀状のデザインより。おめでたいモチーフのひょうたんと黒板に書いた新年のご挨拶

私の活動は地道ですが、水引一つでこんなにも人の気持ちが変わることが分かり、ちょっとずつでも続けていく意味はあるんだなと感じさせてくれた出来事です。

多忙な生活で体を壊すこともありましたが、今後は自分の体にも気を使いながら、体の動くまで水引工芸を続けていくことで、日本の伝統を残していきたいです。

 

 

伝統を少しでも身近に そのために私ができること

▲しろつめ店内で作業中。ここで水引教室も開催しています
▲しろつめ店内で作業中。ここで水引教室も開催しています

とにかく水引工芸という分野があることを、少しでも多くの人に知っていただきたいですし、手仕事の面白さを教え伝える機会があったらいいなと思っています。祝儀袋の飾りに使うだけではなく、水引自体が主体となった作品は数多くありますから。

▲基本の結びであるあわじ結び<あわび結び>。そこから梅の花を編んでいるところ
▲基本の結びであるあわじ結び<あわび結び>。そこから梅の花を編んでいるところ

現在は熊本をはじめ、東京・横浜にてワークショップを不定期で開催しており、ご希望に合わせた内容で水引の結びや応用をお教えしています。ひとりでも多くの方に、水引の歴史、素材の美しさ、普段でもできること、などを知っていただくことが私の最大の希望です。

▲写真左:初個展がうさぎ年の前年だったので生まれたオリジナルのうさぎ。右上:バラを編んだリース。右下:ひつじ
▲写真左:初個展がうさぎ年の前年だったので生まれたオリジナルのうさぎ。右上:バラを編んだリース。右下:ひつじ

東日本大震災後のワークショップでは、水引には人の心を癒してくれる力があることが分かりましたから、今後は高齢者の福祉施設や、医療施設でも水引体験を開催していきたいです。

▲あわじ結びから生まれた鶴を模したシンプルな箸置き。「祝い箸置き」と呼んでいます
▲あわじ結びから生まれた鶴を模したシンプルな箸置き。「祝い箸置き」と呼んでいます

水引の結びは基本が分かると、見ればすぐに模倣できるものもたくさんありますが、応用することもまだまだ無限と考えています。この秋に初めての本を出版することになり、多くの作品の作り方を掲載しました。実際に教えることに比べたら説明が足りない部分も多々あるかと思いますが、今の私が伝えることのできるはじめの一歩と思っていただけたら嬉しいです。

微力ではありますが、私がこういった活動を行っていくことで、今後も基礎のしっかりとした、伝統の水引が残っていってくれれば幸いです。