あと10年以内に消滅する“龍鬢表(りゅうびんおもて)” 日本の畳文化継承へ

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山根 靖之(やまね・やすゆき)/イグサ加工職人

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平成24年に明治10年創業の山根商店を引き継ぎ5代目店主となる。昔ながらの技術を受け継ぐとともに、原材料であるイグサの研究にも余念がない。床の間中心に作っている製品を違う用途でも使えるようにと、新しい試みにも挑戦している。

ホームページ
http://www.ryuubinn-yamane.com/
Facebookページ
https://www.facebook.com/ryuubinnya


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畳が斜陽産業と言われるようになって久しく経ちました。
最盛期には数千件あったイグサ農家も今では500軒ほどに減少。私が専門とする畳表(たたみおもて)の一種である龍鬢表(りゅうびんおもて)を手掛ける商店も、私のところを除くと、わずか3軒にまで減ってしまいました。

現役の職人は一番若い方でも60代、その上になると80代になります。職人は高齢化が進み、商店はどんどん廃業していきます。この状況を考えると、近い将来龍鬢表が日本から姿を消すのは明白な事実。

それも50年後、100年後のことではありません。確実にあと10年以内には消滅する工芸です。

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そういった事情があり、居ても立ってもいられなくなった私は43歳でこの業界に足を踏み入れました。ですから私はこの年でも最年少の職人ということになります。

私がまずやるべきこと、それは龍鬢表という存在を多くの人に知っていただくことです。業界内では有名なのですが、一般の方はその名前すら聞いたことが無いという人も多いでしょう。

誰もその存在を知らなければ、誰も欲しがることはありませんので、需要自体が生まれません。そうするとますます産業が疲弊していく一方ですので、とにかく今は第一に「龍鬢表を知っていただくこと」を目標にしています。

 

 

龍鬢表(りゅうびんおもて)って何? 使いどころはいったい?

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一般の方にはなじみの薄い龍鬢表とは、畳の表面に使う「ござ」の一種になります。畳の製造はイグサ農家が「ござ」の加工まで行い、次の仕立ての工程に渡すのが一般的ですが、私の仕事はイグサを「ござ」に加工することを専門的に行っております。

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私が途中の工程に入って加工を行うことで、どういった違いが表れるのか?

それは仕上がった畳を見ていただければ一目瞭然。普段よく目にする畳は青色をしていますが、龍鬢表の畳は初めから日焼けした”黄金色”をしています。

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その違いは、私が行う手間に秘訣があります。イグサは日焼けによる色味の変化を抑えるため、通常は泥染めが施されているのですが、私は中に染み込んでいる泥を洗い落とすところから始めます。

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そしてきれいになったイグサを天日干しにする。水につけては天日干しという作業を何度も繰り返すことで、イグサが日に焼けて黄金色へと変化していくのです。

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その後はイグサを織り、「ござ」にした状態で次の工程(畳屋)に渡します。

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他の畳と異なるのは色だけではありません。イグサの中にはスポンジのような素材が詰まっているのですが、天日干しで時間をかけてゆっくりと乾かすことで、ふんわりとした仕上がりになります。だから上に乗ってみるとふんわりと柔らかい。

以上が龍鬢表の特徴なのですが、わざわざ日焼けさせて、いったいどういう場面で使用するの?と思いますよね。

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龍鬢表は江戸時代に”床の間”に使う畳表として生産が始まりました。
床の間は上座にあたり、大切なお客様を迎え入れる場所です。また江戸時代は電気がありませんので、部屋が暗くなればろうそくや菜種油の火で部屋の中をともすのですが、どうしてもほの暗い感じになってしまいます。

そうした部屋の中で、床の間を少しでも明るく見せたいという思いから、十分に日焼けした明るい畳ということで、龍鬢表が使われていたようです。かつては龍鬢表と金屏風(びょうぶ)はセットで使われていたとも言われています。

 

 

このままではいけない! まずはイグサの選定から改革を

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実は私はもともと龍鬢表を家業とする、明治10年創業の山根商店に生まれました。そうした事情もあり昔から家業を継いでいきたいとは思っていたのですが、就職先を決めるときに4代目だった父親から「畳の業界は今や斜陽産業だから、家の仕事はやめておきなさい」と言われました。

そのため全く別の仕事をしていたのですが、ずっと心の中では龍鬢表のことを気にかけていました。そして私が40歳のころ父親が他界。それと同時に明治時代から続いてきた山根商店も休業、他の龍鬢表を手掛ける商店もわずか3軒となり「このままでは龍鬢表が消えてしまう!」と危機感を覚えたのです。

このような経緯で、私は43歳になってこの業界に足を踏み入れ、山根商店を再開させました。しかし父親は既に亡くなっていますので、基本的なことは母親に教わりながら仕事を覚えていきました。

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そして龍鬢表を仕事にするようになり私が感じたこと、それは「今まで通りのやり方を踏襲(とうしゅう)して作っているだけでは現状の解決にならない」ということです。

私の母親もそうだったのですが、技術的には非常に強いこだわりを持って仕事をしているのですけど、原材料となるイグサに関しては業者の言われた通りに仕入れることも多く、あまり気にかけることがありません。だから私は今まで受け継がれてきた技術にプラスして、イグサに対するこだわりも追及していこうと思うのです。

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イグサにもさまざまな品種がありますし、同じ品種だとしても産地や農家が異なると、加工したときの仕上がりも変わってきます。熊本へは年に3、4回ほど足を運び、栽培途中のものまで観察しながら、どのようなイグサが最適なのか、勉強を積み重ねています。

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また現在日本で流通している畳のうち、純国産のものは何%だと思いますか?
正解は20%ほど。その他はほとんどが中国製品、もしくは紙でイグサを再現した工業製品の類(たぐ)いです。イグサの最大産地である熊本県の農家の減少も問題なのです。

農家はイグサよりも野菜を育てていたほうがお金になるようで、従来のイグサ栽培を止めて、野菜を育てる農家さんが多くなっています。

畳はイグサが無いことには始まりません。だからイグサ農家も含めた畳業界全体が活気を取り戻していくことが必要であり、そのためにも私は原材料となるイグサ自体から、改革をしていきたいと活動しています。

 

 

畳は床材だけじゃない!新しい建築デザインとしての可能性

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龍鬢表は通常床の間に使用されるものですが、住環境の変化によって、現代では床の間のある家が減っています。だから私は別の用途での使い道を提案していかなければなりません。

床の間以外で利用されている事例を申しますと、龍鬢表が通常の畳と比べて明るいという利点を生かし、5月人形やひな人形の下に敷いたり、京都の寺社仏閣では、廊下に使われていたりすることもあります。

また特殊な使い方としては、旅館の脱衣場に使ったという話もありました。青い畳では濡れてしまうとその部分だけ色が変わってしまいますが、十分に日焼けさせた龍鬢表は色が変わらない。そういった特徴にも目をつけていただいたようです。

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そして私が今提案しているのは、壁材に利用できないかということ。昔ながらの日本家屋は建物全体が呼吸をするものです。床材に利用される畳と土壁が、雨の日や多湿の時期には湿気を吸い、乾燥時期にはため込んだ水分を吐き出します。

それに対し近代的な住宅では、もし床に畳を敷いたとしても、壁材は水分を吸収しない素材がほとんどですから、床材の畳だけが水分を目いっぱい吸収しすぎて、カビが生えてしまうことがある。

吸水性に富んだイグサを壁材に使用することは、理にかなっているのです。そのためイグサを建築デザインのように使用することはできないかと、材料屋さんと一緒になって、建築士や設計士などにアプローチをかけている最中です。

どのような形になるかはわかりませんが、壁にイグサを使用した住宅が生まれれば面白い流れになりそうです。

 

 

情報発信から、とにかく龍鬢表を知るきっかけを作りたい

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最近はブログやフェイスブックなどを利用しての情報発信も行っています。何度も言いますが、まずは龍鬢表という存在自体を知っていただかないことには何も始まりませんから。

そのためにも情報発信はこれからも積極的に行っていくつもりですし、実際にフェイスブックを中心につながりも増えましたので、そこから何か新しい商品を作ろうとも考えています。

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また年に2、3回は地域で開催される手仕事市にも出展するようにしています。そうした場では龍鬢表の普及活動の一環として、イグサを使用して蛍籠(ほたるかご)を作るというワークショップも開催しています。

蛍籠とは、70代以上の方なら知っている人も多いと思うのですが、今のように物があふれていない時代に、麦わらで虫籠を編んでは蛍を入れて楽しんだものです。その蛍籠を現代風にアレンジして、イグサで復刻しました。

ワークショップはじかにイグサに触れていただける貴重な場です。出来合いの品ではそれがイグサで作られているということは認識しづらいものですが、自分で編んでいくことで、お客様に楽しんでもらい、イグサになじんでいただきたいです。

龍鬢表の良さをいくら口で語っても、なかなか伝わらないものですから、ワークショップを通して「楽しい」→「イグサに興味を持つ」→「龍鬢表を知る」という流れを作っていけたらと思っています。

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手前味噌になってしまいますが、山根商店の龍鬢表はたくさんの手間をかけて仕上げていますので、品質は申し分ありません。表面がすべすべして、見た目にも光沢があって華やかで、座ってみても畳とは思えないほど柔らかい。

よく「ワックスを使っていますか」とか「科学的に処理をしていますか」と聞く人もいますが、全て自然環境を上手に利用し、手間をかけて仕上げたものです。畳屋さんからも「龍鬢表の中でも天然もので発色が良く、こんなにも厚く織ってあるものはみたことがない」と言われるほどです。

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山根商店の龍鬢表は私の誇りでもあります。だから数々の伝統的な工芸が消えていく中で、指をくわえてただ消滅するのを待つばかりではいけません。

皆さん畳をもっと身近に感じてください。夏になればソファやベッドに転がるよりも、床の上に転がる方がしっくりくるのではないでしょうか。畳は高温多湿の日本の気候風土に一番合った床材ですから。

自分の家には和室が無いからといって、畳を設置できないということはありません。ホームセンターで安価な畳を買う人もいますし、決して身構えることなく部分的にでもよいので普段の生活に取り入れて使ってほしいです。

そうして畳業界全体が活性化することで、龍鬢表を後世に残していきたいです。