神社仏閣を引き立たせる“錺金具”の伝承活動と普段使いの伝統工芸を作りたい

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入部一臣(いりべ・かずおみ)/錺職人

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入部錺金具製作所の3代目。23歳から錺金具職人として、仏具や神社仏閣の装飾を手掛ける。近年では錺金具という業種のPRのため、積極的にイベントへ参加して情報発信を行い、真鍮や銀を使用したアクセサリーも製作する。


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お固いイメージのある伝統工芸の世界。私はその伝統工芸の中でも、仏壇や神社仏閣の装飾を施す錺金具(かざりかなぐ)を専門としています。おじいさんの代から始まった入部錺金具製作所の3代目として、日々職人としての腕を磨いていますが、今の時代、ただ技術力を高めるだけではいけません。これからは伝統工芸界全体を盛り上げていくためにも、積極的に自身をアピールして、仕事を知ってもらうことが必要になってきます。そのために、伝統的と呼ばれる細工だけではなく、今まで培った技術力を生かして、普段使いできるアクセサリーも手掛けています。

 

 

「家の仕事を守りたい!」下した決断に後悔はない

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高校卒業後、一度はアパレル業界に就職したものの、祖父の代から続く錺金具という仕事への想いを日に日に強く感じるようになりました。根っからの“職人気質”の血が流れていたからかもしれません。伝統工芸という業界自体が縮小している時代ですから「自分が家の仕事をどうにかしなければ」と感じるようになり、それが次第に「やってみたい」という強い気持ちに変わっていきました。その勢いで父親に弟子入りを申し出て、職人の道を歩むことになりました。

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最初は分からないことばかりで、上手にできるはずもありません。小さなミスを繰り返すなんてしょっちゅうです。自分の技術力や知識が足りないばかりに、お客様に迷惑をかけてしまい、怒られることもありました。それでも父親やその他の職人のようになりたいと思い、必死になって努力を重ねてきました。

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仕事中は他の職人をしっかりと観察して、見よう見まねで手を動かして仕事を覚えていきます。そして仕事が終わった後も、もちろん練習。錺金具は造形するだけが仕事ではなく、仕上がりのイメージをデッサンすることから始まりますので、デザインを描く練習や、宗派によって異なる図柄や模様の勉強をしました。

職人になろうと決めて15年以上が経ちましたが、後悔したことは一度もありません。時に、仕事を失敗して投げ出したくなったこともありますが、必死になって今まで続けてきました。最近は自分の腕もちょっとは親父に近づいてきたかな、なんて思ったりもします。

 

 

普段のぞくことは決してない知られざる錺金具の世界

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錺金具の仕事は、金槌を使ってお客様の要望通りに造形するだけではありません。まずは全体のデザインを決めるところからスタートします。唐草模様や花模様のパターンを紙に描いてイメージすることから始めるわけですから、絵を描く技術も必要になり、私も訓練を重ねました。そのおかげで今では周りの人から「デザインの学校に通ったことあるの?」と聞かれるほどです。

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デザインにしても自由に模様を描いてよいわけではありません。仏壇や神社仏閣の装飾に使うわけですから、宗派ごとに、仕様となるデザインがあります。その原則を守ることは絶対なので、膨大な知識が必要になってきます。パターンはざっと百種類以上はありますので、それを頭に詰め込むことも仕事のうちです。

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そして、錺金具は主人公ではありません。あくまで仏具を引き立たせるための”飾り”ですから、全体とのバランスを調整することが難しい。金具ばかり目立ち過ぎてもいけませんし、控えめ過ぎても主役が引き立ちません。

製作を行う工房には、本体を現場から借りてくることができませんので、工房で作ったものを、いざ現場で当てはめてみると、しっくりこないこともよくある。だから現場では問題を瞬時に判断して、調整する能力も必要になってきます。

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発注を受けてから納品までに、数か月を要する大物を手掛けることもあります。その場合は何度もお客さんとデザインを確認しあいながら、認識のずれが発生しないように少しずつ形作っていきます。

お寺に足を運んだ際には、こういったことを、ふと思い出していただけると嬉しいですね。

 

 

今の職人は行動力も必要、情報発信も仕事のうち

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昔は職人といえば、あまり表に出ることはありませんでした。自分の腕を磨いて、形にする。これが職人の仕事ですから。ですが、今の時代は職人といえども、ただ作っているだけではいけません。特に錺金具は宗教と関わりが深いですから、時代の流れとともに需要は減っています。

だからこそ、表に出て情報発信していくことが求められています。私自身も県内の展示会には積極的に参加していますし、そうして露出を増やすことで、錺金具という仕事を、まずは知ってもらうことが大切。今は県内だけですが、今後は県外の展示会やイベントにも参加したいと思っています。

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またインターネットを利用した情報発信もどんどんしていきたい。こうやって伝統サポーターズを通して私の仕事を知ってもらうことも大切ですから。これを読んで初めて錺金具を知る人も多いと思います。入部錺金具製作所のホームページはまだ開設していませんが、今後は少しインターネットも勉強して、自由に情報発信できる環境を作っていきたい。

 

 

脈々と受け継がれてきた伝統の中にも変わるべきものがある

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錺金具は何百年も昔、江戸時代から技術が受け継がれてきた伝統ある工芸です。それは後世に伝え、残していくべきものだと思っています。しかし同時に、変わるべきものは変わらなければいけないとも考えています。

伝統工芸というと、どうしても「固い」というイメージを持つ方が多いです。そんな伝統工芸の世界にもスッと入っていけるように、最近はネックレスやバングルなどのアクセサリーも手掛けています。

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展示会で知り合ったお客様が、その後わざわざ私の工房を訪ね、どれにしようかと悩みながらアクセサリーを購入いただいたときは、とても嬉しかったですね。職人に対しオーダーをするということを身構える人も多いですが、どんどん要望があれば相談してほしいです。私も今まで手掛けてきた仏具や神社仏閣の錺金具といった枠を超えて、真鍮についてだったり工芸についてだったり、作ったものをきっかけにして、さまざまな人とお話ができることが嬉しいです。

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真鍮や銀のアクセサリーは時の流れとともに表れる質の変化、”経年変化”を楽しめます。年数が経てば徐々にくすんでいきますし、それをお手入れすることも楽しみ方の一つです。

普段手掛ける錺金具は唐草模様のバリエーションや組み合わせを変えることで、作品自体の表情を作っています。アクセサリーにおいては、仏具っぽいデザインになることは避けていますが、今まで培ってきた技術や経験をふんだんに詰め込んでいますから、職人が作る質の良さもあります。

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先人たちが築いてきた伝統工芸の世界も素晴らしいですが、ちょっと角度を変えて感性を生かした作品を作ることでも、業界自体がもっと身近なものになると信じています。今後もこまめに情報発信をして、新たな切り口でものづくりをしていくことで、錺金具だけでなく、伝統工芸という業界全体を盛り上げていきたいです。